小雨の降りしきるなか傘をさして先生がユンボで私のアパートを壊していくのを見つめていたい

ジョン・チョーに愛されすぎて殺されそうになっていますので気をつけてください

6/7

 きのうここに、私は、ものも、自分も他人も大切にできないと書いたら、それは、自分を大切にされたことがないからだと、いわれた。
 そうかもしれないとおもった。

 実は、きのうそれを書いたときに、(いいかげん、しつこくてもうストーカーだけど)木こり君のことを思い出していた。
 彼は、私の作る月刊先生生活をとても評価してくれてたんだけど、本にしたとき、一冊送ろうか?と言ったら、礼儀正しく辞退された。「おれはものを大事にできないので、せっかくのいいものがもったいないので遠慮します…」と。
 そのときは、よくわかんなくて、送られるのが面倒くさいから適当に言ったのかな?と、思った。
 でも本心だったんだなと今はとらえてる。
 ものを大切にできない彼が魚や花は大切にしてるのは私までうれしかった。今、魚はわからないけど、植物はほったらかしみたいで、それは彼にとっても、つらいと思う。


 ものや、ひとや、自分を大切にしようとしても、どうせすぐこわれたりなくしたりするからと思ってしまう。
 あした、自殺してるかもしれないし。
 ひとはすぐいなくなるし。
 コストが無駄だとおもうのだ。
 ひとがいなくなると、ほっとしたりする。
 今にもいなくなるぞと怖がる時間が終わったのだから。

 大切にされたことはあるんだろうけど、それを受け止めきれてないんだとおもう。
 たまに大切にされても、私はそれにふさわしい人間ではないのにと感じて、泣きたいほどに怖くなる。

 
 ゆうべテグレトール3倍飲んだから一日寝ていたけど、起きてる時間ほとんど泣いていた。
 

 あすは、病院に行き、あたりさわりのない話だけしてきます‼