小雨の降りしきるなか傘をさして先生がユンボで私のアパートを壊していくのを見つめていたい

ジョン・チョーに愛されすぎて殺されそうになっていますので気をつけてください

 マジ本当に信じがたいんだけど、残金100円ですって言って生活保護申請して申請書書いて提出したのに受理せずペンディングにしてたの???大丈夫???人の心ある???????

生活保護申請を無断ペンディングされていた

 きのう4/11に、保護課に膨大な書類を提出しにいった。全て揃えるのは本当にたいへんだった。
 4/1に申請にいったときは、同情をひこうと弱気なふりをしたらすごくなめられて高圧的にされたので、今度は強そうな歌舞伎っぽい化粧をしてハキハキ強気でしゃべったら向こうの腰が低くなって丁寧になった。最初からまじめにやってほしい。

 ところで本日、アサインされたケースワーカーから電話がかかってきて、「昨日来てもらって申請を受理したので、家庭訪問に行きたいのですが」とポロリと言ってきたので、驚いて「え?昨日受理されたのですか?」と聞いたら、相手はあわてて、「いえ、申請書を受理したのは4/1ですが…」と答えていた。
 生活保護の申請から決定までの流れは、以下のとおりである。これは区からもらった「生活保護のしおり」というパンフレットの1ページ。
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 通常は申請してから14日以内に家庭訪問・保護可否決定のスケジュール。札幌の場合は申請後5日後くらいに家庭訪問に来たとおもう。
 しかし今回の場合、
 4/1(月)申請、手持ちの書類提出
 4/8(月)CWより残りの書類は揃ったか確認の電話。それ以外の話はなし。
 4/11(木)区役所訪問、全書類提出
 4/12(金)家庭訪問アポ電話。上のごとく失言。向こうのアポ日提案は16日(火)。

 家庭訪問予定日が4/16ということになったが、もう14日間という大原則のスケジュールをオーバーしている。私が4/1~10に必死で書類集め作業をしているのと並行して早く家庭訪問すればスケジュールにおさまったはず。
 スケジュールを無視されたのと、CWからの電話の言葉とをあわせて考えると、私が4/1に書いて渡した申請書は、受理されてなかったと考えられる。「受理しました」とウソをついて宙に浮かせておき、きのう再訪問したときにはじめて受理したんだろう。
 きのうに「いつごろ保護決定しますか」と聞いたら、「2週間以内には」という答えだった。…そのときはえ?長いなーとしか思わなかったけど、それつまり、「きょう受理するので原則に従って14日以内」という意味だったんだ!!!!!!!!!

 本当に手口が汚い、汚すぎる。
 受理された・されないをこちらで確認できないのを逆手に取っている。水際作戦なんてかわいいものじゃなくて、これは組織的不正だ。

 今後保護課との電話や対面でのやりとりは全て録音します。4/11に保護課再訪問したときも全て録音していたが、電話もそうするよう徹底する。弱者をこんなになめくさって怒りがおさまらない。

再燃・ショッピングセンターのレイプ魔

 歴史の古い都市伝説が、どうも少し前Twitterで詳細を変えて再流通していたらしい。事件が事実かどうかの論点を越えてこうした情報の取り扱いに注意するべき理由、また、こうした都市伝説が流通することによって働くある特別な機能について記す。
 ショッキングな内容を含むため、閲覧はどうか注意し、ご自愛ください。
 では、皆さんにロジャーテイラーの顔を眺めて元気になっていただいてから本題がはじまります。

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 元気になりましたか、でははじめます。

 まず骨子となる都市伝説「ショッピングセンターのレイプ魔」(という名前は私がつけた)については下記のページを参照されたい。

 http://rumor.news.coocan.jp/sonota/super.htm

 以下、ページの一部引用。
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 1965年ごろから流通している噂で、オリジンであるアメリカ版ではKマート、日本に入ってきてショッピングセンターになり、直近のTwitterでは公園になったようだ。被害者の年齢や性別もまちまち。私は18歳のときに"少年が肛門にペンを突っ込まれて直腸破裂"というかなり変形したバリエーションを聞いたことがある。

 この話をめぐってコトがややこしくなる原因のひとつは、性暴力の話であるという点である。
 性暴力がほかの暴力とちがうのは、被害を受けた女性がその"商品価値"を損なわれる、という特異性にある。
 その事件情報は非常にセンシティブになり、流通が制限される結果、不正確になりやすい。不正確であっても、訂正するには本人や関係者が名乗り出なくてはならないので、結果、訂正は非常に困難になる。
 被害を受けることそのもの以上に、被害を告発することは女としても人としても社会的信用が失墜する。伊藤詩織氏は、記者会見をひらいたことにより、大の仲良しだった妹さんに絶交され、以来会っていないという。そしてセカンドレイプのあまりのひどさに国外転居。つまり、日本から追い出されたのである。それくらい「被害者」はしんどい。私も自分の受けた被害については、何も隠していないので、かぞえきれないほどのセカンドレイプをうけたし、大変な思いをした。
 いいたいのは、つまり、もし仮に何か実在する事件があったとして、そして実在する被害者がいるとして、その本人の意志を無視して、注意喚起と称して確かなのかどうかも分からない情報を拡散するのは、ほんとうに被害者にとって良いことなのだろうか。被害者を矢面に立たせることで、本人の気持ちや、環境や、人生や、生活はどうなるのか。
 ○○公園で、○歳の(男/女)の子が大怪我をさせられ、大手術になった。という情報だけで、狭い地域ならすぐさまどこの家のだれだか特定できるだろう。そのことで何か二次被害が起きても、ゆがめられたまちがった情報がひろまっても、さきほど言ったように、訂正には、被害者であるという宣言が必要なのである。「今はそっとしておいてほしい」「いずれ自分の言葉で語りたい」という気持ちで事件を伏せていても、その気持ちは尊重されず、被害情報が暴露されるままになる。
 他人の被害の告発を代弁する危険さについては、私自身は、稲元亜美さんというタレントの被暴力動画を、nanaというアカウントやフェミニストを自称する人々が拡散していたときに、注意を提言したが、ほとんど聞き入れてもらえず、徒労だった。

 不審者について注意を喚起するなら、第三者の不確かな情報を利用するべきでないし、利用するなら、自分の体験を語るしかないが、再三言うがそれはとても困難なことだ。具体性をもたせるなら、不審者情報にもたせたほうが、実際的だが、バリエーションを見渡しても加害者像は幅がかなりひろく、ひどくアイマイである。その理由は後述。

 また、この事件については、白昼堂々と女子トイレに入るだろうか?子宮破裂という医学用語はかなり聞きなれないといった蓋然性から語られがちだし、わたしもかつてそうだったが、いまはあまり意味を感じない。
 男というのは、まさか!と思うほど堂々と暴力を振るうし、そのまさか!という心情的死角をあえて利用して、告発に信用性が生まれないように計算して犯行をするからだ。だから蓋然性から逆算して考えても意味はない。(たとえば男は子供や、男がつくった侮蔑語であるところの"メンヘラ"をあえて狙ってレイプする。たとえ被害を告発されても「子供の言うことだから、キチガイの言うことだからウソだろう」となる。これも、告発の信用性をあらかじめ落とすために狙うのである。)
 そして身体的被害がどのようなものだったかというのも、そもそも暴力の詳細があいまいな以上、他人が「ありえない」と言うことは出来ない。
 私も、人に話したら「それはありえない」と言われるような被害経験はいろいろとある。

 なので、私は事実かどうかをつまびらかにするのではなく、「もし事実だとして、それでも拡散をしてはいけない理由」を書きました。つまびらかにしようとしたら、それもセカンドレイプになってしまうので真相が分からない、はっきりしないというのが、性暴力をめぐる都市伝説が非常に強力なミームたりえる理由でもある。


 最後になるが、そもそもとしてこの話を含む多くの都市伝説は、
 「ジェンダー規範から外れた女への、男社会からの罰」
 として機能している点を、是非指摘したい。
 これは私がかつて都市伝説採集、研究をしていたうえで、指摘している人間をほとんど見た記憶がないものである。
 「ショッピングセンターのレイプ魔」伝説オリジンとなった原文をもう一回読んでいただきたい。
 バーゲンセールに夢中になった母親が、子供をほったらかしにした、という出だしが、非常に重要である。母親は、男社会においてあるべき母性の喪失した女であり、その代償が、子宮破裂=子供の生めない体=母性喪失という結果であがなわれる。代償を払うのが本人ではなく子というのがよりこの話をセンセーショナルに、つまり大衆好みにしている。
 この話は、そもそも女への罰なのである。
 日本に流通しているバージョンでは、シチュエーションがより普遍的になり、「子どもから目を離したすきに」等と改変されている。しかし、やはり子どもの面倒を見ない母親への罰であるのは、かわらない。こういう話の流通で、日ごろから疲れている母親たちがさらにプレッシャーを受けてしまうことは、想像にかたくないし、というか、自分の子ども位ちゃんと見てろ!と育児へのプレッシャーを母親に与えたい気持ちが拡散の後押しをするのだろう。
 不届きな母親に罰を与えるのが本筋の都市伝説なので、かんじんの犯人像がブレが大きくてアイマイなのも、当然だ。それは大衆が、性暴力の被害者はどんな女か興味しんしんに情報を消費するのは熱心でも、加害者には興味がないのと鏡うつしである。
 ジェンダー規範から外れた女への制裁として機能し、消費されてきた都市伝説には、まだまだ以下のようにある。

・性器に電球、ザリガニなどの異物を入れてマスターベーションをしていた女子学生が大けがをする(性的不道徳および性的自立への罰)
・医学実習で女子大生の唾液を顕微鏡に見たら精子が泳いでおり、恥をかく(性的不道徳への罰)
・医学の授業で「人体で5倍に膨脹する部位を答えよ」と女子大生があてられるが、「恥ずかしくて言えない」しかし答えは「網膜」で恥をかく(同じく)
・ピアスの穴から白い糸が出てきて、取ると失明した(コギャルブームの90年代後半に流通。コギャルの特徴といえば「茶髪にピアス」で、多くの中高生が校則に反してさかんに流行にならった。そのような女に対する罰、そして純粋な女性嫌悪。「因」に対して大きすぎる「果」が、「ショッピングセンターのレイプ魔」その他の都市伝説とタイプが酷似)


 なお私が都市伝説研究をしていたのは、それを題材に小説を書くためだけど、出来上がった小説はあまりよくなかった記憶がある。なので、まだネットにあげてはいますが読まないでいいです。こう書くと読まれそう…。私も読み返してみようかな。「人に感染する異端、星に感染する異端」というタイトルだったとおもう。


 書いてて思ったんだけど私なんでも知ってるな、物知り過ぎて自分でひくわ

女に料理は難しい、何故か?

http://johncho.hatenablog.com/entry/2019/03/30/163236
 このあいだ、セルフケアとしての料理についてこの場で書いたけど、35年生きてきて、つくづく思うのは、女に料理は難しい。
 それは、なぜか。

 それは、家事=料理が、男の手によって、女性とかたくむすびつけられているから。
 料理をするか。あるいはしないか。
 その選択には、男が決めたジェンダー規範に沿うか沿わないかという選択まで自動的に付随する。付随を拒否することはできない。
 料理が苦手だったり、しない女性は当然女性として失格の烙印を押される、女性として失格ということは商品として失格ということであり、廃棄処理にするくさった肉みたいな扱いをうける。
 料理が出来ても同じくらいひどい運命が待っている。男たちはそういう女を、権力に屈服したとみなす。男たちに屈服したからジェンダー規範を受け入れ、料理という女らしい事をするのだとみなし、「いいお嫁さんになれる」などと言ってセクハラという暴力をくわえて、さらに叩きのめして反抗する気をうしなわせる。いいお嫁さん候補とはつまりいい奴隷候補の言い換えである。
 つまり、料理をしようがしまいが女のその決定はつねに権力へのスタンスを勝手に見出だされ、むすびつけられ、外部からアイデンティファイされる。ただつくって食べてるだけではなく、それは、政治的決定なのだとみなされる。だから、つねに女と料理の関係はむずかしい。なかには、女らしいことを何もしたくなくて、カウンターとして、料理をしない、したくない、出来ない女性もいるだろう。男が料理してもしなくても自由なのとは、えらい違いだ。料理をする男は本当に何の屈託もなくたのしそう。
 女の料理がむずかしいのはもうひとつ、男は自分の権力で女に料理をさせている事じたいに優越感と深いよろこびを感じているので、自分のためだけに飯をつくって自分でしか食べない女をけして許さない。セルフケアする女をけして許さないのと、まったくおなじように。男は女を自分の世話をやくために生産・育成してるので、女の料理はつねに「男やその他の年長者に食べていただくため」のものだ。
 男は、料理をつくってくれる女を飼っていないと男失格になる。だから飼おうとして必死になるあまり、女ひとりで食事なんて寂しいものだなどと言って、女の不安をあおり、自尊心をゆさぶり、思い通りにしようとする。
 男のせいで、女の料理は、優秀奴隷レースにさせられる。料理がうまい女性は、釣りがうまい・あやとりがうまい・星の名前にくわしい等などの女性よりも、さらに堂々として自信があり輝いているようにみえる。それは、権力のうしろだてがあるかないかの違いである。男たちは、「女のマウンティングは怖い」などとよく言う。しかし、男のつくった序列がなければ、やる必要も、存在することもなかったマウンティングだし、そもそも男が勝手に、料理の出来る女性に勝手に「マウンティング」を見出だしてることすらある。手料理の写真をネットにはったりするとそれだけで、料理うまいアピールだ、いい女アピールだ、女同士でマウンティングだと、男がさわぎたてる。本当に女の料理は困難だ。
 女の料理がむずかしい理由は、まだある。
 それはこんなにまでに強固に料理と女性がむすびつけられているのにもかかわらず、女の料理は所詮シロウト料理だから、男の料理には絶対かなわない、つねに男のほうが上だと思われていること。
 共同炊事場にいると、いれかわりたちかわり色々な男たちがやってきて、マンスプレイニング型のセクハラを受けまくる。男たちは、親切であれこれ教えてやってるのに、感謝されないから、変な顔をしている。感謝される=屈服させることしかかんがえていない。自分より私のほうが、料理うまい、知識がある、などとは、思いもよらない。対等な立場からの助言などでは当然なく、自分は絶対正しい、女は絶対バカで間違っているという、自覚なき予断が、くさって臭気をはなっている。しかし、たとえ私がプロの料理人だとしても、女だからたいしたことがないと思われるのは確実だ。
 豚汁を煮ていたら、酔っぱらいの醜いおっさんがやっていて、「俺がやってやる」と私からさいばしをとりあげ、乱雑にかきまぜだして、おあげがめちゃくちゃにくずれて、そいつの顔面そっくりそのままにゴミみたいになってしまった。「こういうときは、木べらを使え、そしたら綺麗に作れる」と言い残して去っていった。私がやっていたときは、丁寧につくっていて崩れてなかったから、私のほうがうまい。そのブスおじさんは、私をターゲッティングしていて、お金を払うから弁当をつくってほしいとしつこく頼んできた。オムライス弁当にしてほしい、オムライスをドシロウトが作るときはこれを使えと言いながら、共用の棚からクッキングペーパーをだしてみせた。ゴミ顔面おっさんは、ドシロウトの弁当が食いたかったわけでは、当然ない。金の力をつかってでも、女をいいなりにしたかっただけだ。
 
 女が料理をするというと「意外だね、女の子らしいんだね」「今度つくって」と、だれもがいわれる。だから女に料理はむずかしい。
 少女まんがのヒロインたちは、みなきまって、料理が下手だ。
 実際は初心者でも分量や時間をきちんとはかることでそこまで失敗はしないだろうと思われるが、ハンで押したようにいつもそういった設定で、王子様のほうがよほど料理がうまくて劣等感をいだいたりする。
 それはそのままの意味でなく、社会に出るうえで女失格の烙印を押されないだろうかという少女たちの不安のあらわれか、もしくはもうとっくにそうした烙印をおされていることによって、傷ついた自尊心の投影なのである。

 ここにすんでいると当たり前のようにいろいろなセクハラを受ける。(彼氏いるの?は何度も聞かれた、いいお嫁さんになれるねもいわれた、肩をさわられたりもあった)
 しかし、私は可愛くて体が小さいからか昔から本当によくターゲットにされるので、ここに住んでいれば、生涯受けるセクハラが1000万回から1001万回に変わる程度の違いしかない。つまりもう街に出て無差別にキンタマに火をつけてまわるしかない。